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学生作品 紹介 書評

文化学院(東京・お茶の水)の生徒作品です。



 今日は三年生が書いた書評をお届けします。ナチスの強制収容所の日々を書いた『夜と霧』は、2002年11月に池田香代子による新版の訳がでて話題になりましたのでご存じの方も多いでしょう。今回の書評はあえて旧版の霜山徳爾訳(初版1956年8月)を用いて書かれました。生きることについての真摯な考察です。ぜひお読み下さい。(文芸コース 磯部祥子)





   なぜ生きる                 3年 小野さやか



 「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える。」作中で取り上げられたニーチェの言葉が、まさしく本著の核心をついている。アウシュビッツという過酷な状況下において、生き残る、生き続ける為には、自分がなぜ生きるのか、何の為に生きなければならないかを、自覚しなければならない。



 例えば、こんな逸話がある。ある収容所では、クリスマスから新年の間にかつてないほど大量の死者を出した。その原因は、気候の変化や食料事情、伝染病の疾患からも説明が付かない。むしろクリスマスには戦争も終わり、収容所から解放されるだろうという希望が打ち砕かれたことによる落胆と失望が、彼らを死に至らしめた直接の原因であるという。



 ここから読み取れるのは、精神と肉体の密接な関係である。「希望」を失った人間がどんなに脆いか。絶望的な状況下ではそれが顕著に表れる。彼らを奮い立たせるには、「なぜ」生きるか、目的を持たせなければならない。

 では、どのようにすれば目的を持たすことができるのか。作者の答えは、こうだ。「ひとりひとりの人間に備わっているかけがえのなさは、意識されたとたん、人間が生きるということ、生きつづけるということに対して担っている責任の重さを、そっくりと、まざまざと気づかせる。」つまり、仕事や家族、自分自身を必要とし、待っているものがあることを自覚させる。そうすることで、人は自分がなぜ生きるのか、目的をもって、生きつづける為の希望を持つことができるのだ。



 人から生きるための希望をうばうのも人間なら、それを与えるのも多くは同じ人間の存在である。人と人との関係の中で生まれる多くの責任が、人を死から救う。本著の作者が極限の環境の中で体現したこの事実は、現代社会においても、人を生に踏み留まらせる大きな希望として、色あせることはない。



○『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル著  霜山徳爾訳

1956年8月15日 初版第1刷発行

2008年3月28日 新装版第37刷発行

みすず書房



ヴィクトール・E・フランクル

1905年~1997年。オーストリアの精神科医。第二次世界大戦中、ユダヤ人であるためにナチスによって強制収容所に送られた。本作はその際の体験をもとに書かれている。他の作品に『神経症』『死と愛』など。




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